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レオナルド・ダ・ヴィンチの展覧会

レオナルド・ダ・ヴィンチの展覧会
ヴィジェーヴァノの
ドゥカーレ広場。
ミラノから南西35kmに位置するヴィジェーヴァノという人口約6万人の中世の素敵な街があります。
そこの中心部の有名なドゥカーレ広場は1494年に 当時のミラノ公ルドヴィーコ・イル・モーロの命によって 建設され(彼はヴィジェーヴァノの生まれ) その広場に続くヴィジェーヴァノ城入り口の塔は あの建築家ブラマンテによって建てられ、今現在も 街で一番の高さを誇る立派なものです。
レオナルド・ダ・ヴィンチの展覧会
ブラマンテの塔
このヴィジェーヴァノで2010年6月13日まで ダ・ヴィンチの偉業を讃える展覧会が開催中!ミラノのアンブロジアーナ図書館所有の 「アトランティコ手稿」をはじめ、 ルーブル美術館所有のデッサン・デザイン画が 壁やショーケースに展示され、 彼の設計していた無人飛行機、ロボット(!)などの 模型が展示会場の真ん中にズラーッと並ぶ姿は圧巻のひと言。
レオナルド・ダ・ヴィンチの展覧会
動くライオン像
彼が設計したライオン像はゆっくり動くだけでなく、口には 大輪の百合の花をくわえ、フランス王の前に行くと なんと百合の花がこぼれる仕掛けになっているのです。
(百合はフランス王家の紋章)天才は発明のみならず、あらゆる思考が豊かで、 その想像力はとどまるところを知らないのだと思わせる、 このエピソードには感動しました。
(当時のフランス王も感動したでしょうね)
ダ・ヴィンチはその生涯に膨大な素描、デッサンなどを 残し、現在いわゆる「アトランティコ手稿」や 「トリヴルツィオ手稿」などと呼ばれるものがあり、 その数なんと8000ページ以上(彼の67年の生涯で 描かれた、書かれた約3分の2は 紛失しているらしいので、現存するもののみでこの数! しかしスゴい数である)に及ぶそうです。
文字はすべて鏡文字(鏡で写した時に正常に読めるようになっている)で書かれているのも 開いた口がふさがらないほどビックリしました。
左利きだったという彼の、こだわりだったのでしょうか?

レオナルド・ダ・ヴィンチの展覧会
鏡文字で書かれた
アトランティコ手稿
そのビッシリ書かれた文字もさる事ながら、何度も何度も 描いて、推敲を繰り返したと思われるデッサンの数々。
「最後の晩餐」の構図を練っていたらしいデザイン画も あったり、白い紙を赤く塗り、その上にデッサンしてから 光のあたる部分を白く塗る"練習"は何度も何度も 繰り返されたらしいのが分かります。
(それは受胎告知のマリアの衣服に活用されました) 彼特有の美しい「髪の毛」のうねりも、あの「モナリザ」の 不思議な微笑みも絶え間ない努力の賜物であると再認識。
これだけの手稿を残しながら、彼の絵画作品は厳密にいうと9点しか残っていないのも不思議な感じがします。
2010年04月30日(金) written by Maliarda from (イタリア)
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