日本植民地時代が垣間見える都市-木浦市 〜韓国ワーキングホリデー | ワーキングホリデー通信
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日本植民地時代が垣間見える都市-木浦市 〜韓国ワーキングホリデー
【写真:木浦の夜景です.】
ワールドカップが終わり,韓国も日本も梅雨のじめじめした時期に入りました.今回は,ちょっと韓国の田舎の木浦のお話をしたいと思います.木浦は,あまり知られてなく,情報量が少ないので,今回話題に取り上げてみました.
私が,木浦に行くきっかけとなったのは,夫(韓国人)のご先祖様のお墓参りでした.今回は,ソウルから,車で行ったのですが,だいたい5時間位かかります.最近は,KTXも出てるので,時間がかかるのは,いやだという人は,KTXで行くのもいいと思います.
【写真:これは,エイの開き.
かなり,びっくりします.】
元々,全羅南道は,芸人達も真似をしたくなる程,方言が強い地方です.方言も強いので,最初は怒ってるようにも聞こえたりもします.方言でつながりで思い出しましたが,全羅道と慶尚道は,政治でも対立する位仲が悪いという噂です.
木浦は,元々港町なので,魚も美味しく,『おかずが韓国一多い町』『全羅南道のお嫁さんは,料理上手』と言われる位,ごはんがおいしいと有名な都市です.キムチは,それぞれの家によっても異なりますが,全羅南道のキムチは,小エビの塩辛をたくさん入れ,こくがあるキムチとしても広く知られています.
【写真:木浦のごはん.
とってもおいしかったです.】
少し,個人的な話になるのですが,夫の父と母は,木浦と海南(木浦から少し離れた島)が故郷です.その義父母は,よく話をしてくれる話題の一つに,義父母が新婚時代住んでいた家があります.いつも,写真を見せて,話をしてくれるのですが,日本の30年位前の家とそっくりだなぁ〜と思ってみていた所,日本の植民地時代に建てられた家を義父母が住んでいて,最近立てられるアパートでは,あんまり見られないトイレとバスがセパレートの日本式に住んでいたそうです.また,義母の姉2人も,在日の方と結婚し,日本で暮らしていましたし,義父の妹さんの名前は,日本名の純子さんです.
【写真:新年の儒達山の夜明けです.】
おばあちゃん世代には,こんな日本的な名前もよく聞きますが,50歳くらいで,日本的な名前を見ると,かなりまだ,植民地時代の名残があるような気がしました.
最近では,新しく観光名所も作っているみたいでしたが,観光という名所は,ユダルサン(儒達山)だけですが,最近,ソウルも特に韓国らしいというものがなくなってきたので,『なつかしいと思える韓国』を探しに行きたい方,そして,美味しいご飯を食べたい方に,木浦をお薦めします.
2010/07/06(火) マルコ
No.3423 (韓国)
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